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2023 年 3 月 28 日
2022 年の ESG 動向を経済・政治の変化とともに振り返る
本稿は英国現地時間 2023 年 1 月 31 日に投稿された "ESG 2022: Weathering Economic and Political Climate Change" の邦訳です。
Head of Research, Lipper - Lipper Management
Robert Jenkins
コロナ禍に端を発する経済の混乱、ロシアによるウクライナ侵攻、インフレ圧力とそれに対する米 FRB (連邦準備銀行) による金融引き締め政策の断行といった動きは、近年好調だった ESG 投資にも微妙な影を落としています。
本稿は、そのような 2022 年に起きた ESG 投資にまつわる注目すべき事柄を振り返り、整理することを目的として 2023 年 1 月 31 日に発表したレポートのローカライズ版です。
目次
I. 岐路に立つESG投資
II. ESG投資の高度化に向けた規制強化の流れ
III. 2022 年の ESG ファンドのパフォーマンスは時代を象徴する “市場ショック” によって決まる
IV. ESG/RI(責任投資)ファンドへの推定ネットフロー
I. 岐路に立つESG投資
2021 年までの好調なトレンドから一転、2022 年の ESG 投資を取り巻く環境には従前とは違った兆候が見られるようになりました。
2022 年 2 月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、世界全体が“戦時状態”を意識する中、エネルギーや兵器に関連する事柄を中心に ESG の価値観に対し、再考を迫られる状況になったことはその際たるものです。
このような変化は、これまで ESG 投資において議論されてきた、「投資家ごとの価値観や認識の違い、データや開示情報のムラをどのように評価するか?」という論点に改めて注目を集めるきっかけになったと言えます。
これは、政治的な違いを利用して多数の批評家がそれぞれの疑念を共有する動きの端緒となり、また、標準化と透明性を高めようとするESG推進派たちに「喫緊の考察課題が何であるか」を明確に捉える機会をもたらしたと言い換えることもできるでしょう。
企業の「ESG 性」を判断することの難しさについて対話が行われる一方で、マスコミやソーシャルメディアを介し、あらゆる公人が発言した経済・政治的な訴えは、新たな議論を呼ぶことになりました。
たとえば、電気自動車大手であるテスラ社を率いるイーロン・マスク氏が、S&P500 の ESG インデックスから同社が除外された一方で、石油大手であるエクソンモービルのような “環境に配慮していない企業” が構成銘柄に残ったことに対して、「ESG は『詐欺』である」と主張したことは象徴的な発言だったと言えます。
この “騒動” の結果、ESG アプローチとして、石油掘削会社が非常に高く評価される一方で、テスラのような再生可能エネルギー関連企業の評価は低いことが明らかになりました。
仮に2つの銘柄をファンドに組み入れると、再生可能エネルギー関連企業がファンド全体の ESG スコアを引き下げてしまう可能性が考えられる、つまり、直感的には「そうではないはずだ」との考えが半ば裏切られることが現実に起きてしまいかねないとわかり、ESG 投資の有用性や意義に対する政治的な批判の声を高めることに繋がりました。
米国では、上述のような動きがエスカレートし、ついには ESG を考慮した投資を行っている、あるいは、ESG を推進する政党を支持している資産運用会社を排除する動きにまで発展しているケースが見られます。
たとえば、政治傾向が保守的とされる米国の 20 以上の州は、州の退職金制度から著名な資産運用会社を排除することを決定しました。そうした州の中には、地域経済にとって重要な貢献を果たしてきたエネルギー関連企業の除外やこれに対立的な投票行動について、反対する立場であることを明確に表明している例もあります。
また、「ESG に親和性の高い資産運用会社が推進しようとしている価値観は、地域住民や政党の構成員を代表するものではない」として、反対の声を挙げている州も見られます。
II. ESG投資の高度化に向けた規制強化の流れ
一方、世界の主要な地域のファンド市場では、ESG 投資をさらに洗練させるため、規制強化が進んでいることも周知の通りです。
EU では SFDR (サステナブルファイナンス開示規則) に連動した分類法の施行が強化されたことにより、「グリーンウォッシュ」とみなされることを恐れた販売会社らが、取り扱うファンドを、「サステナブルな投資目的を掲げる第 9 条商品」から「環境・社会的な特性を促進する第 8 条商品」や前の 2 つに該当しない「第 6 条商品」に再分類しています。
英国や米国においても名称や要件は異なるものの、SFDR とほぼ同様の「グリーン度」の 3 段階の規制案を踏襲すると見通されており、ファンドの名称や目的に従って投資していることを確認するために、「名称テスト」を実施する運びになると予想されています。この点は、資産運用会社が動向を注視しているところです。
これらの規制的イニシアチブは、ESG データ開示の矛盾と限定的なグローバルスタンダードがもたらす成果にスポットライトを当てています。結果的にこれらの議論は、企業によるより標準化された透明性の高い情報開示の必要性を明確にし、ESG 分析や格付けを成熟させ、より信頼性が高く市場間で整合性の取れた状態を保つことを可能にすると考えられるでしょう。
つまり、2022 年に起きた上述のような ESG の基本原則の実践にまつわる紆余曲折は、最終的には責任投資を実行するにあたりプラスの効果をもたらす可能性があると見通されます。
III. 2022 年の ESG ファンドのパフォーマンスは時代を象徴する “市場ショック” によって決まる
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2022 年のグローバルなファンド市場は、世界的なインフレ圧力やマクロ経済へのストレスといった同時多発的な市場ショックを受けて、株式と債券の両方が過去数十年で最悪のパフォーマンスを記録しました。そのため、投資家は 2021 年における市場に対するメンタリティであった「代替案はない」から「もはや隠れる場所はない」へと大幅に変えることを余儀なくされたと言えます。
以下、より詳しく振り返っていきましょう。
下図 (Global Funds – Assets under Management) が示す通り、世界の運用資産残高 (AUM) は、2021 年末に約 62 兆ドルを記録した後、翌年 9 月には 50 兆ドルまで減少しました。また、米国の株式市場は年間約 19 %下落し、債券は約 13 %縮小しました。
一方、2つ目の図 (Assets under Management of ESG/RI Funds) にある通り、ESG ファンド市場のグローバルな AUM は、より広範囲な市場の AUM と同様のパターンをたどりましたが、成長株やハイテク株の影響が大きく、エネルギー関連株が少なかったため、多くの ESG ファンドがアンダーパフォーマンスを示す結果に終わっています。
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つまり、ここ数年 ESG ファンドに恩恵をもたらしてきた、高成長株やテクノロジー株、通信サービス株への傾斜は、2022 年の ESG AUM においてはパフォーマンスの足を引っ張る結果になったというわけです。
その背景には、これらの銘柄の多くが、金利の上昇によるバリュエーションの低下、パンデミックに起因するビジネスレベルの冷え込み、FRB の金融引き締め政策に伴う経済活動の鈍化などの影響を受け、年間を通じて不調に陥ったことが挙げられます。
また、ESG ファンドはエネルギーやその他の炭素集約型銘柄へのエクスポージャーがより少ない傾向にあり、「欧州におけるエネルギー自給の取り組み、旅行や輸送の回復、および供給に関する課題解決の結果、総じて好調に推移した」という恩恵を十分に受けられなかったとも考えられます。
2022 年に最もパフォーマンスの高かったセクターはエネルギー関連で、約 66 %のリターンを記録しています。一方で、公益事業セクターは、1%強のわずかなリターンで黒字を達成した唯一のセクターでした。その他のセクターはすべて赤字となり、中でも通信サービスは 40 %近く下落し、次いでハイテクセクターが 28 %下落しました。
ESG ファンドでよく見られるのは、再生可能エネルギー関連やその他の革新的な事業であり、これらの企業は多くが「サステナブルな社会の実現」といった使命を掲げながら、未だ安定した利益を上げられていない中堅・中小企業であると言えます。
また、これらの企業の多くがまだ事業を確立しておらず、「将来の収益の可能性」で評価される傾向にありました。
そのため、特にパンデミック期のミーム株取引 (ソーシャルメディアを起点に注目が集まり、短期間で爆発的に株価上昇を実現させた銘柄の取引) において大いにもてはやされたものの、リスクオフが期待される 2022 年の市場ではその“ある種の熱狂”が過去のものとみなされるようになってしまったと考えられます。
IV. ESG/RI(責任投資)ファンドへの推定ネットフロー
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2022 年、株式ファンドは主要な ESG 商品の中で最も多くのフローを集めました。しかし、一般的なファンドのフローと同様に、市場の動きに若干遅れをとっており、市場全体のシフトやショックの直後に流動する傾向にありました。
上図 (Estimated Net Flows into ESG/RI Funds) をもとに、詳しく見ていきましょう。
2021 年第 4 四半期には新年に向けて強いフローが見られ、この傾向はやや勢いを落としつつも 2022 年の第1四半期中の 2 〜 3 ヶ月の間は継続しました。その後、3 月に入ると、ロシアによるウクライナ侵攻の影響やインフレ懸念に反応して市場が一歩後退したため、フローは縮小しています。そして、5 月の市場暴落を受けて、6 月にはほぼ完全に勢いが消失したと見て取れます。
同様に、債券ファンドも FRB の積極的な利上げに反発して資金流入が前月比で減少し、6 月にはほぼゼロという状態に陥りました。しかし、7 月に入ると一変、FRB が「よりソフトな政策への転換を検討するかもしれない」というポジティブな市場の見立てが広がったため、投資家は、金利が低下して FRB が緩和策に踏み切る前に「早めに手を打とう」と、債券ファンドに再び資金を投入する動きを示しました。
このような投資家心理は 8 月にも及び、7 月から 8 月はじめにかけては、債券ファンドも株式ファンドとほぼ同様の流れが見られるようになりました。そうして市場全体が両資産クラスで損失を取り戻したことから、資金流入の恩恵を享受したと言えます。
しかし、FRB パウエル議長がジャクソンホールで行った講演の中で、「FRB が方向転換をすることはない」といった趣旨の発言をし、厳しいタカ派路線の継続を打ち出したことで状況は一変。10 年債の金利はわずか数週間で 4 %を大きく超える水準まで急上昇し、9 月には株式と債券の両ファンド商品から資金が流出しました。10 月に入ってもこの悲観的な見方は変わらなかったものの、インフレ率の軟化という “希望の芽” が見え始めたことで、やや安定したトレンドを示すようになりました。
その後、FRB による金融引き締めの遅行効果が定着し、インフレが抑制され始めたという初期の兆候は、第 4 四半期の最後の数週間までポジティブに市場環境を後押ししました。
労働市場に関連するいくつかの“頑固な”記録があったとはいえ、12 月中旬までにインフレ軟化のシナリオに大きな変化はなかったと言えます。
しかし、この 1 年間に両資産クラスで大幅な損失が発生したことを考えると、全体として第 4 四半期には主要な資産クラスへの資金流入が戻りはしたものの、年末にかけて ESG 商品とより広範なファンド市場の両方で市場パフォーマンスが低下する結果となりました。
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最後に示す上図 (ESG/RI Funds – Assets under Management, Estimated Net Flows, Estimated Net Flows Cum) は、ESG ファンドへの投資傾向の軌跡をグラフ化したものです。緑色の線は、ESG AUM 全体 (赤色の線) と月ごとのフロー (青色のバー) に関連する累積フローを示しています。
ESG 商品への累積的な流入は着実に増加傾向にあり、2019 年には加速の兆しを見せ、2020 年の新型コロナウイルス感染拡大によって一時揺り戻したものの、その後は一気に勢いを取り戻すだけの安定した上昇パターンへと進んでいきました。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻とそれがもたらした経済不安やインフレ圧力が引き起こした極めて不確実な状況により、2022 年の初めにトレンドは再び揺り戻し、パンデミック前の水準に引き戻されています。
傾向線のこれらのベクトルのうち、2020 年 3 月と 2022 年 1 月の結果は極めて示唆に富むものです。特に、2022 年 1 月時点の累積フローの伸びは、赤い線で示されるESG AUMの全体的な落ち込みにも逆らう結果に終わっています。
これらのことから、2022 年の全体的な傾向として、金融市場を除くファンド市場全体のフローがマイナスとなったのに対し、ESG 商品はより安定したフローを集め、プラスで年を越したとわかります。つまり、2022 年の ESG 投資は、経済的ショックや批評家からの圧力、投資家心理の変化に耐えながらも、成熟途上の投資戦略の持続力を反映したものだったと結論づけられます。
本稿は英国現地時間 2023 年 1 月 31 日に投稿された "ESG 2022: Weathering Economic and Political Climate Change" の邦訳です。
著者プロフィール
Robert Jenkins (ロバート・ジェンキンス)
金融サービスおよびコンサルティング会社で20年以上の経験を積み、現在はリッパー リサーチ部門グローバルヘッドを務めている。
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