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- ピッツバーグ・サミットが投じた一石 : 第3章 10ユーロ紙幣に込められた思い -信用リスク管理-
2021年4月27日
ピッツバーグ・サミットが投じた一石 : 第3章 10ユーロ紙幣に込められた思い
- 信用リスク管理 -



リフィニティブ・ジャパン株式会社
事業開発部 部長
鈴木慎之
「ヨーロッパ」はギリシャ神話に登場するフェニキアの美しい王女「エウロペ」という名が起源とされている。全知全能の神ゼウスがこの王女に一目惚れをし、牡牛に姿を変えてフェニキアからクレタ島に連れ去った。この際にエウロペを背中に乗せ巡った地域をこの王女の名にちなんでヨーロッパと呼んだ様である。王女エウロペは、現在10ユーロ紙幣の透かしに採用されている。
ギリシャでは、2009年の政権交代をきっかけに、旧政権が行ってきた財政赤字の隠蔽が明らかになった。当初財政赤字は対GDP比で4%程度という発表がされていたが、13%に膨れ上がり、また財政債務も対GDP比で113%に積み上がっていた。翌年に欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会がギリシャの統計上の不備を指摘し、ギリシャの財政悪化が表面化。いわゆる「ギリシャ危機」に発展した。ギリシャ国債は、クレジット・クランチ(信用収縮)を引き起こし暴落。これが同様に財政赤字に陥っていた他の南欧諸国に不安を広げ、通貨ユーロの暴落、そして世界各国の金融市場にも大きなインパクトを与えることとなった。2012年に10ユーロ紙幣のデザインに「エウロペ」が採用されたのは、ギリシャ自身の力でこの危機を乗り越えて、ヨーロッパ全体に安心感を取り戻したいという願いが込められていたのだと思う。
当時、経済規模がそれ程大きくない一国の信用不安が瞬く間に地域全体、そして世界全体に大きな影響を及ぼしたことは、未だ鮮明に市場参加者の記憶に焼き付いていることであろう。ギリシャ危機は、様々な難局を繰り返しながら欧州諸国や国際通貨基金(IMF)を巻き込んだ支援プログラムにより一応は2018年に危機的状況を脱した。今回はギリシャ危機でまざまざと突きつけられた金融取引における信用との付き合い方について言及してみたい。
金融取引において、取引相手、あるいは投資先に対する不安がある場合、例えば資金融資であれば、融資先の信用度に応じて銀行は貸し出し金利を調整する。事業体の発行する債券を通じての間接投資であれば、発行体デフォルトに備えたCDS (クレジット・デフォルト・スワップ)により保険を掛ける。デリバティブ等相対取引に対し十分な担保をとる、といったことが必要になる。では、金融取引をする際、取引相手の信用度に応じて具体的にどの様な対策を施すことができるのかというのが、カウンターパーティ・クレジット・リスク管理の根底にある。金融取引当事者は基本的に2つの手段でこうしたリスクに備えている。
1つ目は相手から取引開始時に担保をとり、取引完結まで担保を常に値洗いしながら、相手の破綻リスクに備える。2つ目はヘッジである。常にどの程度のエクスポージャがあり、相手が破綻した時にどの程度回収不能かを測定する。そしてこの回収不能測定額に応じたヘッジをする。1つ目は当初証拠金、変動証拠金制度として仕組みが確立している。2つ目も、CVA(信用評価調整)としてヘッジ手法は市場コンセンサスが得られている。

CVAはその名の通り、取引相手の信用度を常に確認しながら、もし相手が今破綻したらどの程度が回収不能になるのかを把握することを表している。まず回収不能額を求めるためには、当該取引相手との間でどの程度のエクスポージャがあり、将来どのように推移するのか、そして、それに基づいた最大エクスポージャをどの程度の額で見積もることができるのかを把握する必要がある。このエクスポージャ額をEAD (Exposure At Default)という測定量で把握する。このEADの額に対してヘッジをすることで、取引相手の破綻の際、回収不能額を相殺するのである。算出方法については簡便方式、標準的方式そして一番複雑な内部モデル方式とあるが、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)は、EAD算出の標準的方式としてSA-CCR (標準カウンターパーティ・クレジット・リスク)方式を採用している。EADをどの方式で算出するにしても信用調整評価額を求める上で一番重要なファクターは、取引相手の破綻(倒産)が発生する確率である。この倒産確率は一般的にPD (Probability of Default)という変数量で呼ばれている。いかに精度の高いPDを取得するのかが精度の高い信用評価調整を行う上で必要条件となるのである。
ではPDをどのように取得するのか?これは、取引相手のクレジット・スプレッドから求めることになるのだが、これは即ちCDSプロテクション価格となる。クレジット・スプレッドは以下の様に算出式が定義されているので、市場観測できるCDSプロテクション価格と当該企業(この場合は取引相手)の破綻時の回収率が把握できれば、PDは容易に求めることができる。破綻時回収率は、セクターごとや格付けごとの回収率が格付け会社各社から比較的容易に入手可能で、CDSプロテクション価格も、市場観測価格とプロキシーモデルによる価格も入手するのは難しくない。従ってそれに応じたPDも容易に算出が可能になった。

この手法でPDを市場観測できる価格から求めることができるのだが、よりフォワードルッキングなPDの観測はできないだろうか?

REFINITIV StarMine Combined Credit Risk Model: 2016年に軽自動車燃費偽装問題が発覚した国内自動車メーカーのレーティング推移

上のチャートはS&Pの格付けとREFINITIV StarMine Credit Risk Modelの格付けの各々の時系列推移の比較である。分かりやすい例として過去製品性能の偽装が発覚したある自動車メーカーを挙げてみると、オレンジのラインがこの企業の株価推移、株価の上に階段状の推移を見せる2つのラインが、S&PとREFINITIV StarMine Credit Risk Model各々が出しているレーティングの推移である。比較的なだらかな階段を形成しているラインがS&Pのレーティング推移、かなり激しく刻んでいるラインがREFINITIV StarMineのレーティングの推移となっている。明らかにStarMineのレーティング推移が偽装発覚に伴う株価の急落に先行して下げていることが窺える。これは、従来の倒産確率算定に使われているマートン・モデルやアルトマンZ-Scoreに加え、ニュースのテキスト解析を取り入れることで、レーティングの先行性を実現している。またレーティングは世界の上場企業の大半が対象となっているのでほぼ全てのセクター、レーティングの企業の信用先行性が把握できる。
このような企業の信用性をフォワードルッキングな指数で俯瞰しながら能動的なリスクマネジメントをする時代がすでに到来しているのではないだろうか?このような能動的行動により、10ユーロ紙幣の「エウロペ」が心の底から微笑みながら見ることができるより安全な市場形成のお役に立てたら金融データサービスを生業とする者としては本望である。
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